「車中泊以上、ビジネスホテル未満」。 面白いコンセプトを掲げ、宿泊業界に一石を投じた施設がある。会員制格安素泊まり宿「GATE80 マエノリ・アトハク」だ。

宿泊業界初となる完全非対面・非接触システムを導入し、平日パスを利用すれば実質1泊1,650円(※)という破格の価格設定を実現。釣り人やサーファー、ツーリング客など、早朝のアクティビティを楽しむ層を中心に人気が拡大している。
順風満帆に見えるこの革新的なビジネスモデルだが、その背景には、未曾有のパンデミックによる事業崩壊と、代表自身の孤独な苦悩があった。なぜ、このアイデアは生まれ、形となったのか。GATE80代表・小村氏に、その誕生の裏側を伺った。

▲小村 圭一氏。株式会社GATE80代表取締役
※平日パス(16,500円/10泊分)を利用した場合の単価。
インバウンド全盛からの転落。コロナ禍が奪った「日常」
かつて小村氏は、大阪・長居と京都・二条を拠点に、インバウンド向けのゲストハウス運営で成功を収めていた。特に京都の施設は客室数も多く、連日多くの外国人観光客で賑わいを見せていたという。事業は順調そのものだった。
しかし2020年、世界を一変させた新型コロナウイルスの猛威が、小村氏の事業を直撃する。関西国際空港の施設閉鎖や減便が相次ぎ、客足は完全に途絶えた。さらに、数十名いた外国人スタッフも全員が帰国を余儀なくされる。
「読んで字のごとく、本当に一人になってしまったんです」
小村氏は当時をそう振り返る。笑顔で語るその姿に、かえって当時の壮絶さが滲む。

▲GATE80長居は、元はインバウンド向けゲストハウスだ
孤独な「釣り」で見出した、既存宿泊サービスの限界
小村氏が救いを求めたのは、趣味である「釣り」だった。しかし、船釣りに没頭する中で、小村氏は自身がある「不便」を感じていることに気づく。
それは「宿泊」に関するミスマッチだ。
早朝の船釣りの場合、集合時間は朝の4時や5時。前泊のためにビジネスホテルを予約しても、ホテルが提供する朝食サービス(通常6時開始)を利用することはできない。寝るためだけの数時間の滞在に、フルサービスの宿泊費を払うことに強い抵抗感を覚えたという。
「正直、宿にお金を掛けたくなかったんです。その分を安くしてほしいくらいで(笑)」
経費を浮かすために車中泊も試みたが、翌日には体が痛み、疲れも取れない。何より、潮風でベタついた体や髪のまま過ごす不快感が、本来楽しいはずの釣りの質を下げていた。
「空調とWi-Fi、柔らかい布団があって、シャワーさえ浴びられれば十分ではないか」
この実体験から生まれた「必要な機能だけを削ぎ落とした宿」という着想こそが、後の『GATE80 マエノリ・アトハク』の原点となる。
「地域創生」をサブミッションに。補助金採択への挑戦
自身のニーズから生まれたアイデアを事業化するにあたり、小村氏はもう一つの重要な視点を取り入れた。それが「地域創生」である。
釣行の合間に各地の宿を調査していた小村氏は、地方の小さな旅館や民宿が、コロナ禍で廃業の危機に瀕している現状を目の当たりにする。志半ばで事業を諦める経営者の声を聞いた。
「釣りを起点に人を呼べれば、宿だけでなく周辺の飲食店やコンビニ、船宿にも経済効果が波及する。GATE80がその呼び水になればと考えました」
単なる格安宿ではなく、地域経済を循環させる装置としての役割。この公益性の高さが評価され、同事業はハードルの高い「事業再構築補助金」の第一回において、その地域貢献度が認められ採択されるに至った。
会員数2,000人突破。数字が証明する「潜在ニーズ」

こうして生まれたGATE80は、瞬く間に「マエノリ(前乗り)」「アトハク(後泊)」を必要とするレジャー層の心を掴んだ。
現在、和歌山・串本、京都・舞鶴、大阪・長居などを皮切りに、鳥取・米子や長崎、徳島など全国へ拠点を拡大。会員数は2,000人を突破し、その勢いは留まるところを知らない。需要過多により、会員募集の停止を発表するほどの「嬉しい悲鳴」が上がっているという。
アメニティなし、シーツ交換はセルフサービス。 従来のホテルサービスから見れば「不親切」とも取れる仕様だが、ターゲットを明確にし、コストを極限まで削ぎ落としたその潔さが、結果として高い稼働率とリピート率を生み出しているのだ。
逆境を「革新」に変える力
インバウンド需要の消滅という絶望的な状況から、自身の原体験をベースに新たな市場を開拓した小村氏。「車中泊以上、ビジネスホテル未満」というニッチな領域は、釣り人のみならず、ツーリングや出張など、現代の旅のスタイルに新たな選択肢を提示している。
「地域が潤ってほしい。そんな想いもあると知ってもらえると嬉しいですね」
小村氏の言葉からは、ビジネスリーダーとしての冷静な視点と、地域を想う温かな情熱が同居していることが伝わってきた。

























