【あの釣り、あの魚】釣りとの出会い、そして「つりそく船釣りクラブ」への参加までについて…

寄稿:つりそく船釣りクラブ 菱田 雅巳

つりそくのオフィシャルクラブ、「つりそく船釣りクラブ」のメンバーが、釣りの魅力を紹介。

この記事を参考に、皆さんもどっぷりと釣りの世界にハマってください。

菱田 雅巳(Masami Hishida) プロフィール

つりそく船釣りクラブ5期生。小学生から淡水魚釣りを始めたのをキッカケに海の堤防釣り、筏釣り、船釣りと範囲を広げる。初めての船釣りは関東在住時代のカワハギ釣り。本紙連載「我が家の板長料理」執筆中

釣りの魅力、奥深さ

気になるターゲットを取り上げる本連載ではありますが、私は今回、ターゲットではなく、私の魚釣りとの出会いについて、お話したいと思います。

釣りを始めたキッカケは、父親が釣り好きだったから。小学校に上がった頃から、父と一緒に淡水のフナ釣りから始まり、コイへと進みました。学年が上がり、4年生になる頃には海釣りも体験し、ハゼやカレイ、ボラの幼魚などを狙うようになりました。

その頃から、父親は「生き物に敬意を持つことの大切さ」を繰り返し教えてくれました。特に「釣った魚は全て自分でさばき、美味しくいただけないなら魚釣りをする資格はない」という言葉は、印象に残っています。そのため、魚をさばく技術だけでなく、包丁の研ぎ方も毎回教えられました。「切れ味ひとつで、魚の美味しさがかわる」というのが父の口癖でした。

父のような腕前には到底及びませんが、現在でも包丁を丁寧に研ぐことは忘れていません。また、それが釣具と同じぐらい大切な道具だと考えています。

そして、中学、高校では友人と堤防釣りを楽しみ、チヌにハマりました。社会人になるとカセ、筏釣り、30代後半に入院や手術を繰り返し、大きな病にかかるという試練がありました。生死をさまよう経験をし、家族や医師、看護師のおかげで大きな後遺症もなく、現場復帰することができました。

当時は毎日仕事に追われ、釣りから遠ざかっていましたが、医師から「ストレスが病気の一因」と指摘され、「趣味など楽しいことに取り組むとよい」とアドバイスをいただきました。妻からも「釣りでもしたら」と背中を押され、それが釣りへの復帰のキッカケとなりました。

その頃、横浜に住んでいたため、関東特有の船釣り文化に触れました。釣具屋の店長に勧められて、初めて挑戦したのが、カワハギ釣り。船釣りデビューは、神奈川・久比里でのカワハギ釣りでした。奇遇にも隣の釣り人が会社の同僚で、「船釣りをしなさい」という神のお告げのように感じました。それ以降、同僚とともに三浦半島各地でマダイやタチウオ、イカ、キス、アナゴといった釣りを楽しみ、船釣りにドップリ。

転勤で関西に来ることになり、釣り仲間がいない中で「どこで、どんな釣りができるか」を模索しました。カワハギでは、湯浅のかるも丸、マダイでは加太の海斗丸をスタート地点に選びました。最初は、関東との違いにカルチャーショックを受けました。エサや仕かけが異なることに驚きましたが、「郷に入れば郷に従え」という気持ちで、新しい釣り文化を受け入れるようにしました。

その後、本紙で「船釣りクラブメンバー募集」の記事を見付け、釣りの幅を広げるために応募。入会してから7年が経ちます。釣行会やオフ会を通じて仲間ができ、一緒にカワハギやショウサイフグ釣りを楽しむようになり、楽しく明るいコミュニティが形成されていきました。

釣行会やオフ会を通じて、多くのメンバーと釣りを楽しむことができています。年齢や性別を超えた垣根のない交流があり、新しい釣りや場所に挑戦する機会も増加。

▲新しい釣り仲間も増えました

釣行後には、釣果に応じて魚の交換会が行われるなど、楽しい時間が続きます。このようなコミュニティの存在が、釣りの楽しさを倍増させています。

ここで釣りの話になりますが、昨年、中村氏の誘いで挑戦したのがハス(イシダイ)釣りです。「磯の王様」とも呼ばれるイシダイを船で釣るという新しいスタイルに驚きました。淡路島の由良では、ハス釣りが爆発的に人気となり、予約も取れないほどです。

ハスの美味しさを知ることができたのも、コミュニティの力によるものだと実感しています。難しい釣りではありますが、挑戦を続けていきたいです。

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