「幻の魚」
この言葉ほど、釣り人の心をくすぐり、狂わせる響きがあるでしょうか。
記者がこの業界に足を踏み入れた20年以上前。当時はほぼブラックバス釣り一筋だった私が、その魚の存在を知りました。
その名は、サクラマス。
なぜ「サクラマス」だったのか? 不思議な「縁」
きっかけは、冬の記事制作でした。 福井県の九頭竜川で2月1日にサクラマス釣りが解禁され、 毎年その直後に「幻」が釣り上げられる。そんな記事を、当時はまだタブロイド紙だった「ルアーニュース」でまとめるため、福井市の「フィッシングポイント」さんに電話取材をした記憶があります。
「雪の降る2月に、水に浸かって釣りをするなんて…」。
当時の私は、正直そう思っていました。しかし、その解禁日である2月1日が、奇しくも自分の誕生日であったことから、サクラマスという魚は私の記憶に刻み込まれることになったのです。
まるで「いつか挑戦しろ」と、魚の方から言われているような、不思議な「縁」を感じていました。
アユ・アマゴを経て、ついに決意
海、川、湖。今まで様々な釣りを経験してきましたが、ここ3年ほどで大きな転機が訪れます。アユとアマゴの釣りを始めたのです。
繊細なアタリ、清流の美しさ、そして渓魚の精悍な姿。川の釣りの魅力にどっぷりと浸かったことで、川釣り熱は一気に上がりました。
同時に、あの「幻の魚」の存在が、遠い存在から現実的な目標へと変わっていきました。
最後のハードルは「冬の福井」という気象条件でしたが、それも2年前に購入したスタッドレスタイヤが解決。雪道を走れる安心感が、記者の背中を強く押しました。
「よし、行こう」。 20年以上の時を経て、ついにサクラマスアタックの時が来たのです。
2025年シーズン。私は2度、聖地・九頭竜川へ向かいました。
頼れる地元の名店「フィッシングポイント」へ
初アタックは、2月16日。 持ち込んだタックルは、シーバス用のもの1本。正直、専用タックルを揃えるべきか迷いましたが、まずは「現場を知る」ことを優先しました。

九頭竜川で使用したシーバス用ロッド
問題はルアーです。こればかりは現地の生情報がなければ戦えません。 まずは、20年前に電話取材でお世話になった、あの「フィッシングポイント」さんへ向かいました。
「サクラマス、初めてなんです」。
そう伝えると、店長の平内さんが「それなら…」と、九頭竜川の実績ルアー(ミノーとスプーン)を数点見立ててくれました。平内さんは、豊富な経験に基づいた的確なアドバイスをくれる、まさに現地の頼れる案内人です。

フィッシングポイント店長の平内真澄さん。フィッシングポイントさんのHPから拝借しました
「この時期なら、あそこのポイントが良いですよ」。
オススメのポイントまで教えてもらい、遊漁券を握りしめ、いざ入川。

教えてもらったポイントで、見立ててもらったミノーやスプーンを川の上流側へキャストし、リーリングでターンさせた時がバイトチャンス。この釣り方は、20年前に聞いた時と同じでした。

九頭竜川の風景
この日は、地元の知り合いのアングラーも様子を見に来てくれ、他のポイントまで案内してくれるという幸運も重なりました。
もちろん、ビギナーズラックは起こりません。 結果はノーフィッシュ。しかし、なぜでしょう。寒さや疲れよりも、「次は釣れるかもしれない」という不思議な手応えと、高揚感が残りました。

その予感を胸に、3月30日。再び九頭竜川へ。 しかし、この日は無情の増水。何カ所かポイントを回りましたが、太刀打ちできませんでした。
「サクラマスが釣りたい!」 そして、もう一つの抑えきれない願望。
「サクラマスを、食べてみたい!」
そんな矢先、幸運が舞い込みます。北海道へサクラマスジギング(海サクラ)へ行った友人から、釣果報告があったのです。
「無理は承知で…もしよかったら、少し分けてもらえないですか?」
ダメ元で伝えた私に、友人は「いいよ!」と快諾。なんと、貴重な「幻」を、北海道から帰ってすぐに、届けてくれたのです!

その時の記者の喜びの顔(笑)

イメージ画像です。写真を撮っておらず、スミマセン…
届いたサクラマスの身は、息をのむような美しいサーモンピンク。 まずはシンプルに、凍らせた身を薄く切ってワサビ醤油でいただく「ルイベ」で。
…美味しいに決まっています。濃厚な脂の甘みが、口の中で溶けていきます。 ヤマメの血を引くからか、養殖サーモンの脂とは明らかに違う、上品でキレのある旨味です。

そして、野菜と共に味噌で仕上げる北海道の郷土料理「チャンチャン焼き」。 火を通すことで身はふっくらとし、脂と味噌、野菜の甘みが一体となって、箸が止まりません。
感謝と、ほんの少しの悔しさと。複雑な思いで、幻の味を堪能させてもらいました。
来シーズンこそ、この手で。「幻」を追う夢は終わらない
2025年シーズンは、釣果ゼロ(正確には、管理釣り場のサクラマスは何尾かキャッチしましたが、狙うのはネイティブ)。そして、まさかの「食」先行デビューとなりました。
しかし、あの九頭竜川の圧倒的な流れ、厳寒の中でロッドを振った高揚感、そして舌に残る幻の味。すべてが、私の心に火を付けました。
川のサクラマスは、海から遡上できる個体がごく僅かという、選ばれし個体。だからこそ「幻」と呼ばれ、アングラーを魅了するのです。
来たる次のシーズンには、必ずや自らの手でキャッチする。 その日を夢みて、イメージトレーニングを繰り返す日々です。
私の「幻」を追う挑戦は、まだ始まったばかりです。

























